マタニティ

【出産は命がけ】出血量2300cc以上!生死を彷徨った体験談

2020年2月22日

こんにちは、りのです!

 

この記事では産後に生死を彷徨った体験談が書かれています。

 

この記事でわかること

  • 出産から1時間後、急変する
  • 脈拍、上60下30の【意味】
  • 子宮口から1,000cc以上の出血
  • 死にかけたことを聞かされる
  • 大量出血から退院までの生活
  • 退院してから1ヶ月後ようやく通常の生活に

 

この記事を読むと、いつも通りの日常が「感謝すべきもの」だと気付くことができます。

 

なぜなら、出産は命がけだからです。

 

妊娠経過が順調だったのになぜ死にかけたのか?

 

その理由を知ることで、今ある日常に感謝する気持ちが芽生えて、夫婦の絆を深めることができます。

 

少し怖い話をしますが、いつもの日常から突然大切な人が居なくなる可能性もあるので他人事ではないんですよ。

 

何でも言いますが、出産は命がけです。

 

大切な人と一緒に読んでいただけたらと思います。

 

【出産は命がけ】出血量2300cc以上!生死を彷徨った体験談

娘を出産した日は4月21日13時55分でした。

 

陣痛の疲れで睡眠不足になっていたわたしは、無事出産を終えたという安堵の気持ちに満たされて、一気に眠気が来ました。

 

疲れたから少し休みたい
りの

 

母と主人に一言伝え、2人には早く帰ってもらいました。

 

出産から1時間後、目の前が暗くなる

送り出した数分後、なんだか呼吸がしづらくなりました。

 

周りを見渡すも、誰も居ません…。

 

ナースコールを押そうとおもっても腕の力が入らなくて、「なぜ?」と頭の中ではハテナが飛び交っていました。

 

これヤバイかも、どうしよう…
りの

 

そう思った瞬間に誰かが通ったので、力一杯お腹の底から大声を出すように

 

すいません、あの…息が…息が…
りの

 

これだけしか伝えきれず、目の前の視界がどんどん暗くなっていくのがわかりました。

 

脈拍、上60下30の「意味」

視界が暗いのでうっすらとしか覚えていないですが、声をかけた人は私の脈をはかっていたとおもいます。

 

そのひとは急にだれかに電話をして

 

「他の先生を呼んで!はやく!脈が下がっています!急いで!!!」

 

と大声で叫んでいました。続けて、

 

「脈が上60、下30です!」

 

これの意味はわかりませんが、自分の意識が遠のくのがわかっていたので「ヤバイ状況」ということだけはわかりました。

 

子宮口から1,000cc以上!噴水のように出血する

少し意識が途絶えて、次に視界から見えたのは、7人くらいの助産師さん、ナースや先生の人たちでした。

 

みんなが色々話をしながらわたしの胸に心電図の装置、無数の点滴などを取り付けていて必死に私の名前を呼んでいる様子でした。

 

「りのさん!きこえますか!りのさんわかりますか!?」

 

声をかけられているのはわかったけど、視界が暗いし声が出せません。

 

その直後にお腹の上を思いっきり押されて子宮口から噴水のように「どばーっ」と出血した感覚がありました。

 

後に聞くと、この1回だけで約1,000ccもの出血があったようです。

 

続けて何度も何度もお腹を思いっきり押されました。

 

出産するときよりも激痛で、叫びたいけどそんな体力はありません…。

 

産後の疲れによる「眠気」もあったり、お腹を押されて「痛い」、「分娩よりなんで激痛なんだ!」など自分でもよくわからない感情で頭いっぱいだったのを記憶しています。

 

わたしの異変から約1時間半後に院長先生が様子を見に来て、わたしの姿にビックリされていたようです。

 

内診してもらいましたがこの時点ではまだ原因がわからない状態でした。

 

「子宮の異常も考え点滴を○○~」などナースさんに指示をしていたのは覚えています。

 

その後両手に刺さっている点滴の速度がはやまり、子宮収縮の薬がはいっているのか激痛だったのを記憶しています。

 

死にかけたことを聞かされた

またすこし意識が途絶えて気がつくと隣に3人ほど助産師さんとナースさんが居て声をかけてくれました。

 

その時に下記の内容を聞かされました。

 

  1. 出血量が多かったこと
  2. 出血ショックに陥っていたこと
  3. 子宮の収縮が遅かったこと

出血量が多かったこと

出血の量が約2,300ccもあり、危うく輸血するところだった。2,500超えたらしていた。合併症も考えて出来るだけ「しない方向」で処置をした。

出血ショックに陥っていたこと

あまりの出血量で意識がなんども飛んでいる様子だった。もしこれ以上出血がとまらなければ命の危険もあった。

子宮の収縮が遅かったこと

通常は胎盤がはがれたときに子宮がすぐに収縮する。しかし、りえるさんは収縮せずにそこから出血し続けて、お腹の中に溜まっていく状態が続いた。だから子宮収縮の点滴を通常より速度をはやめて止血処置をした。

 

これを聞かされたのは16時半くらいだったかな。

 

なので出産から約2時間半後ですね。

 

あまりの出血量で先生達もビックリされていたようです。

 

助産師さんは続けて「産後の出血が1番危なくて、出血多量死の危険もあるんだ」と聞かされました。

 

ただでさえ貧血気味なのに一気に血の気がひいていくのがわかりました。

 

ということは、私死にかけたの?
りの

 

「それくらい危険な状態だったよ」と言われました。

 

陣痛から出産までなにひとつ弱音を吐かなかったのですが、この時初めて泣きました。

 

ずっと涙が止まらないで居ると、一人の助産師さんが私の手をとって「りのさん本当によく頑張りましたよ」と声をかけてくれて、ティッシュを持ってきてくれました。

 

それでまたしばらく涙が止まりませんでした。

 

その後助産師さんが主人に電話で事情を説明してくれて、この日の面会は後日に回してもらうことに。

 

わたしは出産後の部屋ではなく「分娩室で様子見」というかたちになりました。

 

大量出血から退院までの生活

出血から翌日、食事の時間だけしか起き上がれませんでした。

 

起き上がるといってもちからが入らないので、ベットの補助で助けられていた状態でしたが。

 

1人で立てない状態なので、娘の様子を見ることが出来ず、トイレにも行けません。

 

トイレをどうしようかと考えていたら、助産師さんが部屋へ来て、「心配しなくても大丈夫だよ」と声をかけてもらいました。

 

私が気を失っているときに、おしっこへの管を入れてくれていたようです。

 

人生初めての経験でした。

 

その後、子宮収縮の点滴も丸2日間付け続けて、鉄分の薬、鉄分の点滴をしたりなど1人目のときと全然違う入院生活を過ごしていました。

 

産後3日目でようやく1人で立てるようになる

ようやく1人で立てるまで回復しましたが、まだ車いすは手放せない状態です。

 

助産師さんの助けもあり、やっとお風呂へ入ることが出来ました。

 

ヘモグロビンが6⇒8まで回復したから退院OK

入院生活5日目、車いすから離れることが出来ましたがまだ5分以上立ち続けることは出来ません。

 

しかし、病院に入院し続けても仕方ないので「家に帰りたい」と担当医に相談すると、ヘモグロビンが8まで回復したから家で安静なら帰宅OKですと言ってもらえました。

 

※健康なヘモグロビンの数値は12~13です。

 

退院から約1ヶ月⇒通常の生活に戻る

退院から約3週間は動きたくても動けないので、授乳、トイレ、お風呂、食べる、という最低限のことしか出来ませんでした。

 

そのあいだは母に食事を作ってもらったり、主人に家事をしてもらったりと、周りに助けられたんですね。

 

感謝しかありません…。
りの

 

出産は命がけ!何もなく出産できた奥さんに感謝しよう

1人目は妊娠中にトラブルが多く大変な思いをしました。

 

今回2人目の妊娠では大きなトラブルが無く母子ともに元気だったんですよ!

 

そう思った矢先、まさかこんな事になるとは想像しなかったです。

 

「出産は命がけなんだ」と身をもって知りました。

 

ちなみに今回の2,300ccという数字は「1度に3人分出産したのと同じくらいの出血量」らしいです(後日聞きました)

 

とんでもない出血量ですね!

 

妊娠中経過が順調でもわたしみたいに産後すぐ生死を彷徨うこともあるので、出産は命がけだということを知ってもらえたらと思います。

 

最後にひとつだけパパさんにメッセージを。

 

世の中のパパさん、現在妊娠している奥さんは命がけでお腹にいる2人の宝物を守っています。全力で奥さんのサポートをしてあげてくださいね!

  • この記事を書いた人
  • 最新記事

りの

29歳男女2人の子供を持つママです。妊娠中から産後までの悩みを解決できるよう役に立ってもらえたら…と思い立ち上げました。「このサイトで全部解決できる」を目標に書いています♪

-マタニティ

© 2020 ままのこ Powered by AFFINGER5